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山本正明より〜家族への思いを綴った手紙です

山本正明より〜家族への思いを綴った手紙です。

「ありがとう、がんと闘った妻へ」

10年前、阪大病院で乳がんと宣告されたあなた。

「どないしよう・・・」と目に涙・・・・・・。
急に目の前が真っ暗になりましたね。
この事実をお互い受け止める事ができませんでしたね。

ただただ泣いているあなたを抱きしめる事しか、
私には出来ませんでした。

何一つ言葉の出せなかった私の口からやっと出た言葉は、

「何とかなる・・・」
「何とかせなあかんなあ・・・」

これだけでした・・・・・・。

そこからあなたの闘いは始まりましたね。

腹がすわりましたね。

まず手術、
2週間の入院、
リハビリ。

一家総出の闘いでした。

その時長女12歳、次女9歳、長男7歳、次男5歳。
「お母さん、どうなるの?」

「大丈夫?」
家事を皆でするから大丈夫、
皆が応援しているから大丈夫、
保険に入っているから大丈夫。

主治医からシャーレに入ったがんを見せられたとき、
憎むと思っていましたが、むしろ感謝していました。

家族の大切さを教えてくれた事、
保険の大切さを学ばせてくれた事、
リンパにまで転移していない事がその理由でした。

しかし、5年生存率は抗がん治療を受ければ80%、
受けなければ50%と言われました。

そしてあなたは、抗がん治療として
放射線治療に25クール通われました。

大変でしたね。
でも、やり遂げました。

画像の説明

4人の子育てと闘病、
私の役割は買い物と土日の子供の遊び相手。

たいした支援はできなかったけど、
いつもありがとうと言ってくれましたね。

こちらこそ感謝です・・・・・。

そんな大変な中、
私は平成15年9月、
ゼネコンの現場監督から生命保険の営業へ転職しました。

まるで何か不思議な力に引っぱられる様に・・・。


皆反対の中の転職でした。
あなたのおかげで転職を決意することができました。

ありがとう・・・・・。

さらにがんばる事もできました。

感謝一杯です。

あれから10年、

主治医から「基本的にはもう大丈夫です。」と言われ、
美しい笑顔を見せてくれたあなた。

10年闘ったあなた。

ありがとう、

感謝です。


「ピンコロ人生だった 親愛なる母さんへ」

カーネーション

天国にいるお母さん、元気ですか?

あれから7年。

早いもんだね。

美空ひばりのテレビを見て
満足したその日の朝方
脳梗塞をおこして誰に迷惑をかける事なく逝ったあなた。

その時はびっくりしたけど
親戚中のみんながいうよ。
「幸せだったよね」って。

女性の80歳は少し早いけど
何の苦しみもなく迷惑をかけることなく
ピンピンコロリの人生。

母さんらしかったよって。

小さいころ言ってたよね。

一生懸命やれ。
一番になれ。
勉強もスポーツも手を抜くな。
悔やまずまずはやれ。
やりながら考えろ。

母さんの人生もまさしくそうだったね。

それがピンコロ人生のコツかもね。

3人の男の子供を出張の多かった父にかわって
本当一生懸命に育ててくれたね。

おかげでハザマ組に勤めていた時も
ソニー生命に転職してからも
一生懸命にがんばっているよ。
いつも一番目指してがんばっているよ。

そして4人の子供も
最後の修平が今年いよいよ20歳になったよ。

みんな立派になったよ。

私も自分の子供に言っているよ。

一生懸命やれ。
やるからには一番目指せ。
みんないい子供に育ってくれて
本当に幸せだよ。

母さん、ありがとう。

これからも皆を見守ってね。




「私の誇り、長女里佳ちゃん」

画像の説明

平成2年3月29日、君が生まれた時、

早咲きの桜が満開で出産を祝うかのように咲いていました。

当時大阪で働いていた仕事を人にお願いして、
里佳ちゃんと母さんのいる松江までかけつけました。
そこには3,200gのかわいい里佳ちゃんがおもいっきり泣いて歓迎

里佳ちゃんが大きく育ちすぎて、
母さんは帝王切開という手術をして、
命がけで里佳ちゃんを生みました。

あれから23年、、、

大学を卒業し社会人となり、
母さんに言われました。

「里佳ちゃんにも役に立つ保険をちゃんとしてあげて」
生命保険は大切な人のためにかけるものですが、
君がこれから生きていく上で自分のためにも、
特に女性は出産、乳がん年令、更年期、
長く続く老後を守るために必要なものです。

父さんが10年前に転職してからずっと続けてきた
「出会った人に幸せになってもらうために精一杯応援する」
という考えを君にも聞いてもらい、
生命保険、医療保険に加入してもらいました。

そして君は安心して管理栄養士として社会に役立つ仕事をして
早番の時は朝6時に出勤し、遅番の時は夜12時に帰って、
頑張っていますね。

皆のため生命保険、医療保険が
あなたの役に立つのは10年、20年、
30年、50年先かもしれませんが、

元気に明るく振る舞うあなたを

私はそんなあなたを誇りに思います。



私を成長させてくれた長男、達也君へ

18年前、君が生まれた時、お父さんはびっくりしました。

上の里佳ちゃん、紗希ちゃんを帝王切開で生んでいたお母さんは、
自分で大阪医大を選び、普通分娩すると意気込んでいました。

そんな事絶対無理だと思っていたお父さんは、
臨月に入るといつでも手術の承認をするつもりで
父さんなりに心の準備をしていました。

突然病院からの電話が鳴りました。
母さんからでした。

「元気な男の子生まれたよ!」・・・・

エーーーーーーーーーーッ!!

不可能を可能にする事件でした。
こんな時役立つ保険に入っていたけど、
使えなくて残念ですが、
母さんの体を痛めなくてよかったのだから、
親孝行な子供が生まれてくれて、
父さんは本当に感謝します。

達也君、ありがとう。

そんな君が今年は大学受験、

絶対に国立大学に行くと決意して
2年前から猛勉強。

模擬試験の結果はいつもE判定、
まぁ一生懸命やることが大事と半分諦めてはいましたが、
通らなければ一浪してでもやる!
と言っていた君の決意には感動しました。

それでも、もしも一浪する元気がなくなった時のために
保険として私学も父さんがお願いして受けてくれたね。
感謝だったよ!!

君より父さんの方が安心できたよね。
達也君ありがとう。

そして、1月18日、19日のセンター試験。

結果はよかったようでした。

2月の本試験では、自信満々の君から合格したとの言葉に
お父さんも自分の時より鼻高々でした。

君の戦う勇気、一浪してでも目標達成するという決意に
お父さんの方が元気づけられました。

保険はいざという時のために入っておくものですが、
君にはその万一の時がなくてよかったね。
達也君、これから山口大学での一人暮らしが始まりますが、
これからより成長して、
日本のいや、世界のリーダーとなれるようがんばってください。

画像の説明

そんな君が社会でも活躍する日がはやく来ることを期待しています。
でも、もしも仕事で悩み、未来が不安になった時、
いつでも転職できるように父さんは
今の保険会社で実績をあげておくからね。

達也君、ありがとう。



いよいよ社会人になる紗希ちゃんへ

22年前 紗希ちゃんが生まれる前のことです。

お姉ちゃんの里佳ちゃんを帝王切開で生んだお母さんが、
二人目は絶対下から産むのだと大阪の茨木中を探して決めた病院、
サンタマリア病院を選んでその準備をすすめていました。

いよいよ生まれるというその日は初夏6月1日、日曜日でした。
お父さんも仕事が休みだったので
一緒に急いで病院に入り生まれる準備をしたその日、先生はいませんでした。

代わりに来てくれた先生からあっさりと、
「一人目が帝王切開なら、二人目も当然帝王切開ですよ。」
の一言。

お母さんは反発する余裕すらなく、
お父さんも仕方なく承諾書にサインしました。

それでも一時間後紗希ちゃんの元気な泣き声が「オギャー!」

よかった。

おばあちゃんと、長女里佳ちゃんと喜び合っていた時、
看護師さんから「元気な女の子さんです。」
おばあちゃんと目を合わせ
「エー!!」

先生、男の子言うていたのに・・・。

でも、紗希ちゃんが元気に産まれ、
お母さんが無事であった事ですぐに気を取り戻し、
よかった よかった と気持ちを取り戻しました。

もちろん、お母さんの入っていた保険も役に立ちました。

そんな心配をしながら生まれてきてくれた紗希ちゃんが、
もう卒業なんて・・・
信じられない程、月日のたつ速さを感じています。

今は理学療法士として、病院での実習、レポート、国家試験対策と
休みなしで駆け抜けようとしている紗希ちゃんをみていて
うれしい限りです。

紗希ちゃんが大学選びの時、
脳梗塞になったおじいちゃんのリハビリを見て、
「すごい仕事。若い細い女の人が皆に元気を与えられる仕事」
という理由で藍野大学を選んだ事、覚えていますか。

そんな紗希ちゃんが、
どこの病院で働いて、人のお役に立てるかまだわかりません。

そんな中で、お父さんが紗希ちゃんに伝えたいことは、
今一生懸命やっている気持ちを、初心を、忘れないで欲しいということです。

この先、社会人となり、色んなことがあるでしょう。
いろんな人と接すれば、あなたの嫌いな人も現れるでしょう。

そんな時、「何の為に今の仕事を選んだのか」、
「何の為に働いているのか」の初心を忘れないで欲しいのです。

これから、結婚も、出産も、子育てもあるでしょう。
転職もあるかもしれません。

そんな時、「何の為」を思い出し、
あるいは前向きに「何の為」を変更し
自分の人生を謳歌して欲しいのです。

お父さんのしているライフプランナーという仕事も、
実は人に「勇気」と「希望」と「安心」を
与える事ができる仕事なのです。

紗希ちゃん、

本当に卒業おめでとう。

紗希ちゃん、本当に生まれてきてくれてありがとう!


青春真っ只中、輝く修平君

かっこよかったよ!
岡山大学合格!

お父さんの方がドキドキだったよ。

いま君は、人生って素晴らしい! 
人生って何とかなるものだ!
と思っていますよね。

そう、君なら何とかなりますよ。

毎日、プレッシャーの中で一生懸命頑張って、この結果。

素晴らしい!

これが君の実力ですね。

でも、いつも上手くいくとは限らない
  っていうことも知っていますよね。

失敗する時もあるって知っていますよね。

君にとって人生は長い。失敗することもあります。

失敗した時に、失敗ではなく、
それは成長のための糧だと思って欲しいのです。

これからいろいろなことがあります。

人生はまさしく、上り坂があり、
下り坂もあるのです。

さらに「まさか」もおこるかもしれません。

それを乗り越える、
乗り越えられる勇気を持って欲しいのです。

ちなみにお父さんの仕事は、
その「まさか」が起こった時、起こる前に、
どんな人生にするかを一緒に考え、
一緒に解決していく、「人の人生を支える」
ライフプランナーという仕事なんです。

たくさんの紆余曲折があったけど、
それを乗り越えた
そんな君が大好きです!

10年前の君へ大丈夫

大丈夫

10年前の君は、

20年勤めた間組が
私的整理法の適用を受け、
奥さんからは大反対、大波の中、
不安をかかえ、 ソニー生命に転職します。

でも大丈夫

営業経験がない中、
誰もが無理だという中、
何とか船出し、
苦しい思いもたくさんしますが

無事、新人賞を達成することができますよ。

その後、
父の病気、介護、死、
母の病気、介護、死、
弟の死(49歳)を体験する中で
仕事が全く手につかなくなる事も 体験しますが

でも大丈夫

すべてが
今の仕事、
人生経験を培っていることに
気づかせてくれますよ。

更に4人の子供の成長に伴い 奥さんの病気、そしてトラブル
仕事に集中できない日々をすごす事もありますが、

でも大丈夫

奥さんが
あなたの人生を、さらに
華々しいいろどりあるものに
する為にした
神様のいたずらだった事に 気づきますよ

仕事がマンネリになり、
なかなか自分の殻を 破れない事もありますが

でも大丈夫

「感動塾」というものに出合い、
多忙な中、
多くの仲間が
あなたの存在を認めてくれ
自分らしく
自分流で輝くこと、
輝けることを教えてくれ

ソニー生命4000人のトップになる事が 出来ますよ。

更に2013年
「奇跡の営業という本を出すことになり、
7万部も売れ
何とか船出し、
苦しい思いもたくさんしますが

多くの営業の方々に
あなたの苦労が、すべての人に
希望を与える事になると
分かりますよ。

勇気を持って
自信を持って
歩んで下さい

奇跡をおこせるあなただから。

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